薬剤師による調剤薬局の仕事解説

事務仕事から人材育成まで、調剤薬局の仕事すべてを管理薬剤師が解説します。

薬局での人材育成について考えたこと

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私は管理薬剤師として薬局に勤務しています。管理薬剤師の仕事はいろいろあるのですが、一番やりがいを感じているのが人材育成です。

部下の育成は上司にとっては仕事の一部ですが、部下にとっては自分の人生そのものです。失敗は許されないと思いながら育成していますが、失敗してしまうこともありました。

人材育成の失敗は会社、上司、部下すべてにとって不幸なことですから、人材育成の方法論を身につけることは重要です。この記事では、私が薬局の人材育成について考えていること、実践していることを紹介します。みなさんの人材育成の道標となれば幸いです。



初めての部下の育成失敗

私が初めて管理薬剤師になったとき、部下は4人いました。その中のひとりがいわゆる問題社員でした。私はその問題社員を育成すると決めて色々やったのですが、結局は育成に失敗してしまいました。詳しいことはこちらの記事に書いてありますので読んでください。

育成に失敗し、なぜ失敗したのかを考えました。上の記事でも紹介していますが、「教える技術」という本から様々な教訓を得ました。

例えば「人間の内面ではなく、行動に焦点をあてなさい」という教訓です。この教訓は私の人材育成の基本方針のひとつとなっています。

会社の教育制度の不完全性

初めての部下の育成に失敗してから、本当にいろいろなことを考えました。教育制度について考えたとき、会社の教育制度が不完全なものに感じられました。

私の会社の教育制度は、新人薬剤師に薬局薬剤師としての知識を与えることに特化していました。会社として利益をあげていくためには、薬剤師としての知識だけでなく、協調性、発信力、マナーなどたくさんのものが求められるはずなのに、それらのことは教育制度に組み込まれていませんでした。

これでは「薬剤師としての知識があるが、社会人としては失格な人材」に育ってしまうと感じました。そして、会社の教育制度で社会人としてのスキルを学べないのであれば、そのようなことを学べる教育プランを自分で作るしかないと考えました。

まずmustありき

教育プランを作ろうと思ったとき、はじめに思い浮かんだのは「三つの輪」でした。

「三つの輪」とは人材育成のひとつの考え方です。やらなければならないこと(must)、やりたいこと(will)、できること(can)の3要素(三つの輪)の重なる部分を見つけ出して、そこを伸ばしていくという考え方です。

私はmust、will、canの3要素は同列ではなく、まずmustありきだと考えました。会社として利益をあげるためにやらなければならないことがまずあり、その中からできること、やりたいことを見つけていくのが普通だからです。やりたいこと、できることであっても、それが利益にならないこと(つまり、やらなくてよいこと)であれば営利企業としてやる意味はありません。

だからこそ、教育プランはまず、mustが何かということを明確に示さなければならないと考えました。そこを曖昧にしていては人材育成は成功しないと思ったのです。

mustを示すことが大切だという例をあげましょう。

新入社員のYさんは能力が高く、組織運営の経験もあり、経営の中枢で仕事をしたいと思っています。しかしYさんに与えられた仕事は先輩の手伝いなどの雑用ばかり。Yさんは自分はこんなことをするためにこの会社に入ったのではない、と雑用を拒否するようになりました。それ以来、Yさんは問題社員として扱われるようになりました。
このような話はどこにでもあると思います。このようなことが起こってしまう原因は、上司がYさんにmustを示していないからだと私は考えます。

「あなたに今求められていることは、仕事に真摯に取り組み、周囲の信頼を得ることです。経営の中枢で人を動かすには、信頼されることが必要です。信頼なしに人は動きません。まずは小さな仕事で信頼を得てください。雑用と感じることもあるかもしれませんが、小さな仕事であっても利益を生むための大切な仕事です。小さな仕事を投げ出さずに最後までやり抜いてください。小さな仕事を投げ出す人間は、きっと大きな仕事も投げ出すだろうから、重要な仕事は任せられません」

と、はじめにYさんにmustを示して合意を得ておけばよかったのです。上司からすると「そんな当たり前のことをわざわざ言葉にする必要ない」と思うかもしれませんが、言葉にしなければ伝わらないと考えるべきだと思います。

「評価基準」

教育プランを作るためにまずはmustを明確にしたかったのですが、考えてみると私自身がmustを完全には把握していませんでした。mustをいくつか挙げることはできましたが、すべてのmustを網羅的に列挙することはできないし、mustを体系立てて分類することもできないし、とても教育プランに落とし込めるものではありませんでした。

そこで、その答えを本に求めました。その中で見つけたのが「評価基準」です。

「評価基準」と出会ったことで、私の教育プランは完成することになりました。

「評価基準」では、どんな会社であっても通用する、普遍的なmustを45個挙げています。「評価基準」の中では「45のコンピテンシー」と呼ばれています。「コンピテンシー」とは何か、「評価基準」では次のように説明しています。

人事評価の土台は普遍的であり、汎用的なものです。業界や職種、会社の規模にかかわらず、会社が社員に求めている評価基準の本質は共通しています。ビジネスで求められる成果を出すための「欠かせない行動」のことを、人事分野では「コンピテンシー」といいます。このコンピテンシーは、あらゆる企業に共通しているとされる評価基準(絶対基準)になり得るのです。(128p)

「評価基準」で言うコンピテンシーが、私の言うmustです。コンピテンシーは普遍的、汎用的なものなので、薬局での人材育成にももちろん適用できます。

コンピテンシーは45個もありますから、一度にすべてを身につけることはできません。段階的に身につけていくことになります。「評価基準」ではその段階を新人、一人前、チーフ、課長、部長、役員の6クラスとし、各クラスで身につけるべきコンピテンシーを明確に示しています。次の画像をご覧ください。
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例えば、新人クラスで身につけるべきコンピテンシーは全部で10個あります。誠実な対応、ルール遵守、マナー意識、成長意欲・学習意欲、チームワーク、共感力、伝達力、継続力、情報収集、創造的態度(意欲)です。「評価基準」には各コンピテンシーの定義、具体的な推奨行動が記載されていますので、コンピテンシーが身についているか否かを明確に判断することができます。

例として「誠実な対応」についての記載を引用します。

<誠実な対応>
長くつき合える人間か、育てるに値する人間か

周囲の人間に対して誠実に接し、相手から信頼される対応ができることです。誠実な対応ができる人は、誰に対しても分け隔てなく接し、嘘やごまかし、陰口など人を不快にさせる言動は慎みます。人の気持ちを理解しようとし、相手が気持ちよくいられるように、常に他者への配慮を忘れません。周囲の人々に対して礼節をわきまえて素直に感謝の意を表し、お礼をいい、ミスをしたら素直に謝ることも大切です。

  • OKな行動

謙虚に振る舞う。人にストレスを与えない
素直に反省する。謝り、改める
感謝をする。お礼をいう

  • NGな行動

尊大な態度を取る。人に対してストレスや不快感を与える
謝らない。反省しない。自分の非を認めない
してもらって当然と思っている。人に感謝しない。陰口をいう

  • チェックポイント

相手によって態度を変えたりしていませんか。自分の責任でミスを起こしたときに嘘やごまかし、言い訳をせずに正直に誤りを認めていますか。

  • 推奨行動

謝ることを恐れず、ミスしたときは素直に謝りましょう。そのほうが問題は小さくすみます。お礼をすることや謝ることは決して後回しにしないこと。いったことは必ず実行すること。実行できないときには、あらかじめその旨を伝えましょう。(132p)

45のコンピテンシーすべてについて、具体的行動にまで落とし込まれていますので、すぐに現場で活用できます。


「評価基準」を教育プランにするメリット

「評価基準」を読んで、私が求めていたのはこれだと感動しました。「評価基準」は素晴らしい出来なので、「評価基準」を教育プランに取り込むというよりは、「評価基準」をそのまま教育プランとして使うことにしました。私の教育プランはあっさり完成してしまったのです。

ここでは「評価基準」を教育プランにするメリットを3つ紹介しておきます。

誰でも優秀な教育係になれる

「評価基準」をそのまま教育プランとして用いることで、誰でも優秀な教育係になれます。なぜならやるべきことが明確に決まっているからです。

例えば上で挙げたように、新人クラスで身につけるべきコンピテンシーは全部で10個あります。教育係は新人に対して、まず次のように宣言しましょう。

「新人のあなたにはまず、誠実な対応、ルール遵守、マナー意識、成長意欲・学習意欲、チームワーク、共感力、伝達力、継続力、情報収集、創造的態度(意欲)の10個のコンピテンシーを身につけてもらいます」

新人クラスの10個のコンピテンシーを軽視して、より高次元の仕事をさせるよう要求する新人がいるかもしれません。そういう新人にはこう言いましょう。

「高次元の仕事に取り組みたいという意欲は素晴らしいです。しかし、何事にもタイミングがあります。今はこの10個のコンピテンシーを身につけるべき時です。この10個のコンピテンシーは社会人としての基礎的な能力です。高次元な仕事を成し遂げるために、この10個のコンピテンシーが必要ですので、まずはこれを身につけましょう」

それから、教育係は「評価基準」を見ながら、新人が各コンピテンシーの「OKな行動」「推奨行動」ができているかをチェックすればよいのです。できていたら大いに褒め、できていなければ何が「NGな行動」かを具体的に指摘しましょう。

そうすることで新人は10個のコンピテンシーを身につけていきます。教育係は、優秀な教育係として役割を果たすことでしょう。

「評価基準」には新人クラスから役員クラスまでのコンピテンシーが網羅されているので、新人だけでなく、どのクラスの社員教育も、この1冊で対応可能です。

根拠を持って問題社員を指導できる

「評価基準」をそのまま教育プランとして用いることで、根拠を持って問題社員を指導できるようになります。問題社員とは、下のクラスのコンピテンシーが身についていない人のことです。

例えば、チーフクラスの人材なのに「誠実な対応」ができない人です。「誠実な対応」は新人クラスで身につけるべきコンピテンシーです。職場にそういう人がいるケースはかなり多いのではないかと思います。

こういう問題社員を腫れ物に触るように扱っている職場は多いのではないでしょうか。「ミスしたときは謝ってください」「周囲にストレスを与えないでください」と直接問題社員に言える人は少ないだろうと思います。言いにくいことですし、相手の内面を傷つけずに指摘することが困難です。また、「なんであなたにそんなこと言われなきゃいけないの?」と言い返されると困ってしまいます。

「評価基準」を教育プランとして用いれば、次のように言うことができます。

「あなたはチーフクラスの人材です。それだけ仕事ができるし、実績を残してきました。チーフクラスの人材は、新人クラス、一人前クラスで身につけるべきコンピテンシーが当然身についているという前提です。ですから、もし身についていないコンピテンシーがあれば、早急に身につけることが求められます。あなたは新人クラスのコンピテンシー『誠実な対応』が身についていません。『誠実な対応』では、尊大な態度をとる、謝らない、陰口を言うというのがNG行動として規定されています。私はあなたにこのNG行動をやめることを求めます」

冷静に、相手の内面を傷つけず、行動に焦点を当てて、根拠を持って指摘できるようになります。

本人のキャリアステップの意向に沿った育成ができる

「評価基準」をそのまま教育プランとして用いることで、本人のキャリアステップの意向に沿った育成ができるようになります。

部下が想い描くキャリアプランは様々です。現場で薬剤師の仕事を極めたい人もいれば、独立志向がある人もいます。なんとなく目標なく働いている人、現場から離れてマネジメントをやりたい人、とことん出世しない人など様々です。

私の場合、独立志向がある人、とことん出世したい人には役員クラス、マネジメントをやりたい人には課長クラス、ずっと現場で働きたい人、目標のない人にはチーフクラスまでのコンピテンシーを身につけることを求めると宣言しています。つまり最低でもチーフクラスのコンピテンシーは全員に身につけさせるということです。

上で示した画像にも書かれていますが、「評価基準」での各クラスのイメージを表にしました。

クラス クラスのイメージ
新人 明るく、素直に、元気に、真摯に業務に取り組む。
一人前 自身の業務を一人で問題なく完遂する。顧客対応を任せられる。
チーフ 他部署との連携など周囲を巻き込み、求められている成果を創出する。
課長 担当部署のタスク管理、タイムマネジメント、ヒューマンマネジメントをしつつ、会社全体が見えている。担当部署の目標を達成させる。
部長 3年~5年先を見据えながら、組織戦略を策定する。
役員 5年~10年先を見据える。全体戦略を策定する。
私はこの表を見せながら、次のように説明しています。

「クラスのイメージを見てください。新人クラスは『明るく、素直に、元気に、真摯に業務に取り組む』。これができれば100点満点です。一人前クラスは求められるレベルがあがります。『自身の業務を一人で問題なく完遂する。顧客対応を任せられる』。自分の仕事は自分一人でやり抜くことが求められます。チーフクラスはさらにレベルがあがります。『他部署との連携など周囲を巻き込み、求められている成果を創出する』。つまりチーフクラスでは周りの人間を動かすことが求められます。一人前クラスでは『自分は頑張ったけど環境が悪かったから結果が出なかった』という言い訳が通用します。ですがチーフクラスではその言い訳は通用しません。環境を作っていくことがチーフの仕事だからです。あなたが今後どういうキャリアアップをするかにかかわらず、私はチーフクラスのコンピテンシーまでは身につけることを求めます」

「あなたが今後出世したいと思っているのであれば、課長クラスのイメージを見てください。『担当部署のタスク管理、タイムマネジメント、ヒューマンマネジメントをしつつ、会社全体が見えている。担当部署の目標を達成させる』。課長クラスの仕事はヒト、モノ、カネの管理です。ヒト、モノ、カネという間接的な管理で現場の目標を達成させなければなりません。あなた自身が現場で体を動かして達成させては意味がありません。課長クラスはこのレベルが求められます」

このように部下がどのような指向を持っていたとしても、普遍的な評価基準である「45のコンピテンシー」に落とし込んで人材育成を行うことができます。

今のところ、このやり方で部下が反発してきたことはありません。むしろ、「こんなに丁寧に話をしてくれたのは初めてです」と喜んでもらえることが多いです。

まとめ

私は現在、この教育プランを用いて人材育成を行っています。薬剤師としての知識は会社の教育制度で学べるので、私はそれ以外の部分に特化して育成しています。

世の中には部下の育成に興味がない上司が多いな、と私は感じています。私の会社でもときどき見かけるのですが、賞与考課で上司だけ良い評価で、その部下は全員並以下の評価という状態があります。はっきり言って異常だと思います。部下は上司の鏡ですから、部下の評価が全員並以下であれば、当然その上司も並以下のはずです。上司が自分の評価を高めたければ、部下を育成し、部下の評価を高めなければならないはずです。

私はこの教育プランを用いることで、そのような異常な状態を壊し、上司、部下ともに納得できる人材育成を行えると考えています。



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