薬剤師による調剤薬局の仕事解説

事務仕事から人材育成まで、調剤薬局の仕事すべてを管理薬剤師が解説します。

分業すると薬局薬剤師の労働生産性は向上する

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薬局の人員を増やすと、ほとんどの場合労働生産性が低下します。情報共有のためのコミュニケーションコストが発生することが労働性低下の大きな原因ですが、工夫次第で労働生産性低下を最小限にとどめたり、むしろ労働生産性を上昇させたりすることも不可能ではありません。

ここでは、労働生産性を高めるための手段の一つである分業について解説します。



人員増による労働生産性の低下

人員を増やすことによる労働生産性の低下については、以下の記事にまとめてありますので読んで下さい。

簡単に説明すると、薬剤師1人でなんとか1日40枚をさばいていた薬局に薬剤師をもう1人追加したとしても80枚さばけるようにはならない、つまり労働生産性が低下するということです。なぜ労働生産性が低下するかというと、2人で協力して業務をしていくには絶えず情報を共有することが必要となり、情報共有に労力を割かなければならなくなるからです。

分業することで労働生産性の低下を防ぐことができる

2人で協力するから情報共有が必要になります。であれば、協力せずに業務をすれば情報共有は不要となり、労働生産性は低下しないはずです。

例えば、受け付けた処方せんに受付番号を付して、奇数番号は薬剤師Aさん、偶数番号は薬剤師Bさんが担当するというルールにしておけば、業務中にコミュニケーションコストをとることなく、もれなくダブリなく業務を行うことができます。この場合、薬剤師Aさんが奇数番号の処方入力、調剤、監査、投薬をすべて1人でこなすことになります。

このように分業することで労働生産性の低下を防ぐことができます。

分業することで労働生産性を高めることもできる

受付番号ごとに業務を分担していく場合を見てみましたが、それよりもっと効率的な分業があります。それは、処方入力、調剤、監査、投薬という業務ごとに分業することです。例えば薬剤師Aさんは処方入力と監査、薬剤師Bさんは調剤と投薬という具合に業務を振り分けます。この場合、薬剤師Aさんはすべての処方入力と監査をこなします。

ではなぜ、受付番号ごとの分業より業務ごとの分業の方が効率的といえるのでしょうか?それは、業務ごとの分業であれば担当でない業務を習得する必要がないからです。

受付番号ごとの分業の場合、薬剤師Aさんは処方入力、調剤、監査、投薬をこなす必要がありますから、それぞれの業務の知識を学び、技術を身につける必要があります。一方、業務ごとの分業の場合、薬剤師Aさんがこなす業務は処方入力と監査だけですから、調剤や投薬に関する知識、技術は不要です。投薬が苦手でもかまわないのです。

業務ごとの分業であれば、薬剤師Aさんは処方入力、監査をたくさんこなしますから、担当業務の熟達スピードが速く、効率化が速く進んでいきます。

そしてこれが一番重要なことですが、業務ごとに分業することで、労働生産性は上昇します。つまり1+1が2以上になります。理解しにくいかもしれませんので例を示して説明します。
薬剤師Aさん、薬剤師Bさんがそれぞれ次の表で示すレベルのスキルを持っているとします。

処方入力 調剤 監査 投薬
薬剤師Aさん 100 100 100 100
薬剤師Bさん 30 70 50 60

スキル=業務1時間で生み出す付加価値と考えてください。つまり薬剤師Bさんは処方入力1時間で30の付加価値を生み出すということです。
薬剤師Aさんはベテランですべての業務で高い付加価値を生み出します。一方、薬剤師Bさんはすべての業務で薬剤師Aさんに劣っており、また業務ごとの得意不得意があるようです。

薬剤師Aさん、薬剤師Bさんがそれぞれ協力せずに各業務を1時間ずつこなした場合、生み出される付加価値の合計は

100+100+100+100+30+70+50+60=610
となります。コミュニケーションコストがゼロだと仮定しても610が付加価値の上限です。

では、業務ごとの分業を行う場合を見てみましょう。薬剤師Aさんが処方入力、監査をそれぞれ2時間ずつ、薬剤師Bさんが調剤、投薬をそれぞれ2時間ずつこなす場合、生み出される付加価値の合計は

100×2+100×2+70×2+60×2=660
となります。バラバラに仕事を行うより高い付加価値を生み出すことができました。

これが業務ごとの分業の凄さです。


実は業務ごとの分業はありふれている

業務ごとに分業することでより高い付加価値を生み出せることを説明しましたが、実は業務ごとの分業は世の中にありふれています。

例えば、人間が生きていくために衣食住は欠かせませんが、自分ひとりで衣食住のすべてをまかなうことはほとんど不可能です。だから私たちは衣の専門業者、食の専門業者、住の専門業者からそれぞれ商品を購入して生活しています。これは業務ごとの分業そのものです。

経済学には「貿易は必ず双方に利潤をもたらす」という原則があります。これは、「得意なことに専念する。苦手なことは、それを得意とする人にやってもらう。お互いにそうすることで全体の利益が最大になる」ということです。

業務ごとの分業のデメリット

では、業務ごとの分業にはデメリットはないのでしょうか?
もちろんデメリットはあります。以下に列挙してみます。

  • 仕事の全体像が把握しにくい
  • ある業務担当者は忙しいのに、別の業務担当者は手持ち無沙汰ということが起こりうる
  • 担当しない業務は一切熟達しない
  • 不公平感が生まれやすい

仕事の全体像が把握しにくい

業務ごとに分業すると、仕事の全体像が把握しにくいため、自分の仕事が最終的にどうやって利益を生み出しているのかが分かりにくくなります。そのためモチベーションの低下が起こってしまったり、自分の業務の何が重要かがわからず手を抜いてはいけないところで手を抜いてしまったりしやすくなります。

ある業務担当者は忙しいのに、別の業務担当者は手持ち無沙汰ということが起こりうる

各業務には濃淡があり、常に一定の忙しさということは少ないのが普通です。手持ち無沙汰の時間には、忙しい他の業務の手伝いをすることでより生産性を高めることができますが、業務ごとの分業という割り振りが他業務の手伝いを阻害し、生産性向上を妨げる要因となることがあります。

担当しない業務は一切熟達しない

業務ごとに分業するので、担当業務はハイスピードに熟達していきますが、担当しない業務は一切熟達しません。少数精鋭で全員がオールラウンダーとして働く必要がある仕事の場合、できない業務を作るわけにはいきませんので、業務ごとの分業は向かないでしょう。

不公平感が生まれやすい

業務ごとに難易度、充実度、人気度などさまざまです。難易度の高い業務の担当者にはより高い報酬を与えるのが普通ですが、誰にどの業務を担当させ、どのくらいの報酬を与えるかについては不公平感が生まれやすいです。ですから不公平にならないよう、従業員評価制度を整備しておくことが求められます。職種別に従業員を採用するのも有効です。

薬局薬剤師の分業

業務ごとの分業は労働生産性を高める一方で、いくつかのデメリットがあることがわかりました。では薬局薬剤師の分業はどのように運用するのがよいでしょうか?

まず、薬剤師免許がなくてもできる業務は薬剤師ではなく、医療事務が行うようにしましょう。処方入力がそれにあたります。薬剤師は薬剤師としての業務に専念することで全体の労働生産性が向上します。薬剤師は調剤、監査、投薬のうち最も得意なものに専念すると全体の労働生産性は最大になりますが、そのような運用にすると例えば調剤しかできない薬剤師が誕生してしまうので、教育的観点から許されないでしょう。また薬剤師の人数が少ない薬局では、業務ごとの完全分業を行うと手持ち無沙汰時間が頻繁に発生し、むしろ非効率となります。

ですから、実際には完全分業ではなく緩い分業で運用するのが現実的です。一応は調剤、監査、投薬と業務を振り分けておくけど手が空いたら他の業務も手伝ってね、といった感じです。各薬剤師の得意な業務を主としつつも、手が空けば他の業務の手伝いもするので業務の幅が狭くならずにすみます。

また一時的な完全分業で運用することも現実的です。例えば忙しさのピークの時間帯のみ完全分業とか、体制が整うまでの数ヶ月限定の完全分業とかです。一時的的な運用であるため教育的観点からも問題になりにくいですし、従業員の不満も爆発には至らずにすむでしょう。しかしながら一時的とはいえ完全分業ですから、ある程度の人数がいることが大前提です。3、4人で運用できるものではありません。

まとめ

分業は生産性向上という大きなメリットを持ちながら、いくつかのデメリットを持っています。生産性が向上すればそこで働く従業員の賃金をアップさせることもできますから、よい分業の方法が見つければ従業員にとっても経営者にとっても幸せです。

私自身答えを持っているわけではありませんので、働きながら見つけていきたいと思っています。自分自身が向上し、患者に質の高い医療を提供し、また会社の業績にも寄与する答えを見つけられるよう働いていこうと思います。



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